超今更だけど小湊鐵道に転属したキハ40系について紹介してみる〜その2〜
こんにちは。本日もブログを開いてくださりありがとうございます。
2023年5月に投稿したこちらの記事の続編です。
1年以上経過してからの更新になってしまったのには理由があることにはあり、私が訪問するたびに動いてくれるのは紹介済のキハ40 1ばっかり、なかなかほかの車両を営業で拾うことができませんでした。
ようやくちょこちょこ拾うことができるようになり、最近では国内最後の東北地域本社色を纏うキハ40 2が運用に復帰したこともあって、モチベーションが高まっております。
ということでお世話になっている小湊鐡道のキハ40系紹介第2弾はキハ40 4でお送りします。

上総牛久行き@五井
前回同様、簡単なプロフィールから。
キハ40 2019。
富士重工業、昭和54年製。新製配置は宇都宮で、7年後には水戸へ転属し水郡線で活躍するも、水戸での活躍はそう長くなく、3年後の平成2年には東北の小牛田へ転じています。9年後の平成11年には最終配置となった南秋田へ。男鹿線を中心に、秋田・青森地区で最後まで活躍していました。
このようなプロフィールではありますが、実をいうとこの車両と全く同じ経歴を辿った車両が、同様に小湊鐡道に転じています。きっといつか紹介する日が来ると思いますので、その際にでも。

この車両はというと、前回紹介したキハ40 1とは異なり、特別ワンマン対応や混雑対策の工事を施工されていない、割と原型に近い車両であることです。
2+2のボックス席が整然と並ぶ光景も、現代では物珍しいものになってしまったのが遺憾です。


原型モケットの車両を探す方が困難なのはさておいて、キハ40 1を除いた4両はこのグレー系の座席になっています。統一されているのでこれはもう他で触れる必要はない…かな?

前回紹介したキハ40 1と異なり、ちゃんとドアボタンが設置されています。寒冷地の東北地方での輸送を考慮された仕様になっているのが特徴です。
特筆すべきは暖地型の2000番台にも関わらず、長年にわたり東北地方の輸送を支えてきた、国内最後の男鹿色であることでしょう。
南秋田において2000番台の配置は圧倒的少数派で、トイレ撤去で1000番台化されたのちやってきた1両を含めてもわずか5両と、むしろよく最後まで生き残ったなあと思うレベルの車両です。
北条鉄道へ渡った五能色は寒地型の500番台ですが、秋田地区固有の塗色を纏う車両がこうして残っているだけでも感涙ものです。
また小湊鐡道のキハ40形では唯一、つらら切りの装備がない車両でもあります。
暖地型の2000番台に限定されているにも関わらず、つらら切りの装備がない方が珍しいというのも変な話です。

ここだけ切り取ると、本当にどこで撮影されたのか全くわからない写真ですね。
令和の千葉県でこのような景色が見られると、誰が予想できたでしょうか…?

キハ40系同士の連結自体はそこまで珍しくなくなりました。一方で、運用的に固定にせざるを得ない観光急行の運用がある日曜日に関しては、単車で動くことが多く見受けられます。
東北地域本社色のキハ40 2が故障で休車していた期間も、故障等なく元気に走り回っていた印象です。
また意図的なのかキハ200との併結は避けて運用されているため、5両のうち4両がそれぞれペアを組んでいる時は運用がないことも多いです。
なかなか狙い撃ちの難しいキハ40ですが、今後とも長い付き合いになると信じて、気長に被写体とし続けたいところです。
今日のブログはここまでになります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
#47
6